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認めて欲しい人は誰ですか?

認めて欲しい人は誰ですか?



人類ってこの世の中で一番の寂しがり屋ではないのかな?

誰かに寄り添い、誰かを気にして、誰かに認めてもらいたいと常に思っています。
その為に自己アピールしたり、自己主張したりします。

その結果、喜んだり、悲しんだり、怒ったり、泣いたり、悩んだり。
それは時を追うごとにエスカレートしていきます。


今までの私がそうでした。
正確に言うと、今からの私も続いていくと思います。


学生時代は強さを認めて欲しくよくケンカをしました。
弱さを見せたくなかったので、手当り次第に威嚇していました。
いったい誰に認めて欲しかったのだろう?・・・


社会人になり、職場の中で働くようになりました。
そこで驚いたのは、能力の差が給与または出世に大きく影響することがあることを、
そのときはじめて知りました。

公務員サービスの仕事をしていたので、
お客様に本来は認めてもらうべきでした。

しかし、当時の私はお客様というよりも、
上司や同僚・部下に認めてもらいたくてがむしゃらでした。
完全に組織に依存していました。


組織の中で認められたくていた私ですが、
私の評価が低いと勝手に思っていました。

その結果、次第に組織への不満が出て、
独立思考が強くなっていました。
「自分がやれることも見せつけて認めてもらいたい」
たぶん、心の底はこんな思いだったのかもしれませんね?


いざ独立しました。

1年目はがむしゃらに働きました。
後ろ指を指されたくないと言う思いもあったでしょうが、
独立に反対していた家族に認めてもらいたいとの意識が強かったかと思います。

しかし、2年目から歯車が狂ってきました。

業績が落ち込み、新たな施策はすべて失敗。
裏目、裏目の結末ばかりが・・・


「このままではダメだ!」

毎日毎日焦ってばかりの日々が続いていました。



「誰も俺のことを認めてくれない!」

そのときに思いついたのがブログやSNS。
当時はTwitterがブームになり始めでした。

そこで私が思いついたのは、
「一度にたくさんの人に自分を知ってもらおう!」


さらに、ブログやTwitterに力を入れました。
すると、反応が出始めたのです。

コメントが増え始めたのです。


人が一番恐れているのは、無関心です。
関心を持たれることに喜びを感じます。

私も例外無く、感心されることに喜びを感じていました。

しかし、周りからいつも関心を持たれている訳ではないのです。
時には反応がないときだってあるはずです。

でも、夢中になるとそれが段々と不安になってきます。


当時の私は不安のまっただ中でしたでしょう!
兎に角、関心を持ってもらうような記事を連発していました。


その結果、コメントや関心の数が激増したのでした。
それは、私の中では最優先の喜びでした。


関心を確信するために、たくさんのイベントを行いました。
お陰様で、たくさんの方がイベントに参加してくれました。



私の勘違いの絶頂時期でした。

「私はたくさんの人から認められている!」


こんな勘違いでした。



そして、そのころは一番大事なことに気がついていませんでした。


時代は、TwitterからFacebookに流れていきました。

このFacebookは承認してもらうツールとしては最強だと思います。
でも、実際にはどうなのかは分かりませんが・・・

自己アピールするにはこれ以上のツールは無いようです。
Facebookを始めて4年になります。
そこで、最近はずいぶん変わってきた感じがあります。


それは、関心を誘う記事が目立ってきています。
もちろん、普通では目立たないので飽きられます。
なので、どうしてもエスカレートして過激やストイックな記事になる傾向になっています。

最悪の事態は、完全にそこに振り回されていることです。


また、帰属の習性が働き、みんなと一緒に行動しないと、
仲間はずれになる恐怖が働くことも出てきました。

私がそうでした。



こんな状態で、私は誰に認めてもらいたかったのでしょうか?


分かってはいたものの、つい優先してしまったのです。
楽しかったので中毒になっていたのでしょう。


かといって、どん底だった業績がV字回復した訳でもありませんでした。
依然として経済的に厳しい状態は続いていました。



家族写真




そんなある日突然、妻が私に言いました。

「こんなに私は我慢しているのに、あなたはいつも楽しそうね。」



ショックでした。

家族のためにって表向きでは言っていたのですが、
家族のためではなく、自分の自己満足のためにやっていたのでした。


認めてもらうのは、内ではなく、外ばかり見ていたのでした。


そうなのです。
いつの間にか、家族が私を認めていなかったのです。

本当は一番認めて欲しい家族に認めてもらえなかったのです。


何でも、
「仕事のためだ!」
「すべてはお前たちのためだ!」
と、こんな感じで思っていたのでした。


このとき初めて自分が家族に認めてもら得てないことに気がつきました。



「なんて自分は浅はかだったんだろう!」
「なんて自分は身勝手だったんだろう!」

私は間違っていた。
一番認めて欲しい最優先は家族なんだ。



それから、家族との食事、部活の支援、学校の送り迎え、晩ご飯の準備、犬の散歩、ゴミ出し・・・
出来ることは積極的にやろうと決意しました。



「なぜあなたは働いているの?」
って聞かれたら、

以前だったら、
「楽しいからに決まっているでしょ!」
って強がっていっていました。



しかし、今は
「家族のために仕事をしている。特に妻のために。」
と言えるようになった。



まだ、完全に家族から認めてもらっている訳ではない。
しかし、あの時に気づいたからよかった。

もし、あのまま気づかないでいたら・・・


私のこれからの人生は、
「家族に認められる父親になろう!」
これが私の目標であり、ライフプランでもあります。


こう思うと、価値観も変わってきて、
いままでのこだわりも肩の力が抜けてきました。



私も今年は50歳になります。
もうそんなにたくさんの方に認めてもらいたいとは思わなくなりました。

それよりも、身近にいる家族に認めてもらいたい。




なんて、人生って素晴らしいのだろう!


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